平成25年7月に第六十九回「仏像観て歩き」として、若狭小浜市の寺々の訪問を終えて、今回の三つ目の目的である丹後の快慶作品を訪ねる旅となります。
ようやく、的外れのライバル対決の囚縛から解き放たれて、本当の同世代、同門、同尊、同姿の真剣勝負です。両者の師匠である康慶の嫡子と赤の他人の子供という格差はあるものの、快慶には、重源上人という強力な指導者、支援者が居る。物心両面での支援が、後々まで続くのである。一方、運慶は、一時は親元を離れ、東国の新しい造仏支援者を求めて、新規開拓の修行に出るのである。この東国進出によって、静岡・願成就院や神奈川・浄楽寺の仏像群が生まれたのである。
この本像と京都・六波羅蜜寺像を幾つかの箇所で比較してみよう。
この快慶作の如意寺像は
1)面相
快慶の特徴である四角いお顔をしている。
2)眼
半眼の目だが、彫眼では無く、玉眼で少し充血しているのだろうか。
3)頭
剃髪と素肌との境が、薄く段差が少ない。
4)耳
大きな耳朶をした出世は間違いなしの持ち主である。
5)右手
右手は脇を締め、肘をL字に曲げ、肩幅のままで前に出し拳を軽く錫杖を握り持つ。
前回の坐像と立像の対決では、物を云っている六波羅蜜寺像に軍配を挙げた。
6)左手
左手も脇を締め、肘をL字に曲げ、肩幅のままで前に出し手の平を開いて上に向ける。
中指と薬指を直角に曲げ、宝珠が落ちないようにしている。
7)衣の襟
通肩に着た衣の右襟が、三尺阿弥陀像で快慶が見せた後期の作と同じI(アイ)形で首から
真直ぐに下に落ち、たわんで上に収めている。この事を考えて、して見ると、前期と後期 の境目の後期か。
8)脚
結跏趺坐を組上げていない。そのまま組上げれば、左足前の降摩座だが、左足を組上げず に前に投げ出し足首が見える。
運慶の六波羅蜜寺像は
1)面相
盆のような丸顔である。
2)眼
彫眼のように観得るが、玉眼である。
3)頭
剃髪と素肌の段差があり、区別が着く。
4)耳
耳朶の下の方が輪になり、更にその先にイアリングも着けい居る。
5)右手
物を言う右手として、比べ様がないので軍配を挙げた。握るでもない握りの指に軍配。
6)左手
左手は脇を締め、肘をL字に曲げ前に出し手の平を開き、親指以外の四指を立てて宝珠を
載せる。というよりも、手の平全体で宝珠を包み込む。
7)ネックレスを着ける。洒落た青年僧。
イヤリングやネックレスを着ける洒落た青年地蔵菩薩像である。
8)脚
脚は組上げて衣で隠されて、右組なのか左組みなのか判らない。
最後に、折角なので、ここで二人の師匠である康慶の地蔵菩薩坐像を紹介します。
康慶作の静岡・瑞林寺像は、
1)面相
丸顔のお地蔵様。
2)眼
目は運慶、快慶よりもやや開いている。玉眼である。
3)頭
剃髪と素肌の段差もそこそこある。
4)耳
耳の造りは、運慶像に近く、輪になった耳朶である。
5)右手
右手は運慶に似ているが、手首が少し下になった感じか。握りも自然な感じだ。
6)左手
左手の手の平は完全に開いてはいないが、中指が少し立つ感じである。その上に宝珠が載 る。
7)衣の襟
通肩に着た衣の襟は、U字形に収まり、極々、当たり前で変化は求めない。
8)脚
結跏趺坐を組上げていない。組上げれば、吉祥座の右脚前の組み方である。快慶と逆で右 脚を前に投げ出している。右足先が観得ている。
流石にお師匠さんである。いろいろな処で弟子に受継がれている事を感じます。
比較させて頂いた康慶作の瑞林寺像、運慶作の六波羅密寺像、快慶作の如意寺像の三像に合掌。有難う御座いました。
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